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出典:『九州大学大学院農学研究院生産環境科学部門教授 北野雅治著 2007.9.27開催:ソルト・サイエンスシンポジウム2007』より ※公益財団法人ソルト・サイエンス研究財団より許可を得て転載病気になった作物は農薬で治療するものと思っていたところ、塩で病気を治療したり、予防することもあるらしい。塩の肥料効果と治療効果についてアメリカ塩協会のホームページに掲載されている内容を紹介しよう。
「日本農業全書」によると、海に囲まれた日本では江戸時代から身近にある資源として海水や海藻が農業に使われています。例えば、以下のような事例が記録されています(参考文献1)。
いずれも当時の農民の努力が偲ばれる秘伝の農法です。(1)の「海水に風呂の残り湯を混ぜる」などは絶妙かつ奇抜な方法で あり、何がどういう理屈で効いているのか科学的には説明できませんが、当時の農民は、「海の水に含まれる何かが効いてい る」ことだけは確信していたに違いありません。
海水の成分は、水が96.6%で塩分が3.4%です。海水に含まれる塩分の内、77.9%が塩化ナトリウム、9.6%が塩化マグ ネシウム、6.1%が硫酸マグネシウム、4.0%が硫酸カルシウム、2.1%が塩化カリウムで、残りの0.3%が約70 種類とも90 種類とも言われている微量元素です。海水には多くのミネラル類が含まれており、それらのミネラル類の施用効果を「海 のミネラル力」と称して、海水、自然塩、ニガリなどが農業に利用されています(参考文献1,2,3,4)。 海水に最も多量に含まれるミネラルであるナトリウムは、植物の生育にとって必須元素ではありません。しかしながら、同 じ仲間のアルカリ金属であるカリウム(植物にとって多量必須元素)が欠乏しているときには、欠乏障害を軽減したり生 育を促進することも認められていることから、農学的有用元素とされています(参考文献6)。また、アニオンとして最も 多量に含まれる塩素は、植物にとっては必須元素ですが、ごく微量しか要求されません(微量必須元素)。したがって、 海水に大量に含まれるナトリウムと塩素に対する植物側の要求性は低く、海水や塩を植物栽培に利用する場合には、ナ トリウムや塩素の致命的な過剰障害を回避した利用法が求められます。 図1に植物栽培に利用可能な海水と塩の種類を示します。表層海水は身近にある「ただ」のミネラル資源として植物栽培 に利用されています。海洋深層水は、極地で冷やされた海水が深海底を長い年月をかけて循環する過程で、海底の地形 などによって湧昇流が発生する場所で、水深200m 以深から取水される海水です。深層水の特徴である低温性、富栄養 性、清浄性は、表層海水よりも優れた資源性として知られ、高知県室戸岬をはじめ日本各地で採取され、多方面での利 用が展開されており、農業への利用も種々取り組まれています。にがりは、海水を濃縮し、食塩を析出させた後の残液 で、塩化マグネシウムを主成分とするものです。
図1:植物栽培に利用可能な海水と塩の種類
塩としては、ナトリウム以外のミネラル成分(マグネシウム、カルシウム、カリウムなど)を多く含み、安価(25kgで1,500 円程度)で入手しやすい並塩、原塩、粉砕塩が植物栽培に多く利用されています(参考文献1)。 いずれも、生育促進、食味向上、病害抑制などの効果を狙って、植物体への散布(適当な濃度の希釈液)、土壌や有機肥 料への施用(希釈液または原液または塩)などの方法で利用されています。しかしながら、希釈倍率や塩の撒き方によっ てはマイナスの影響が出ることもあります。渡辺(参考文献4)は経験的に、海水の希釈倍率が100 倍以上は安全ではあ るが何の効果もないかもしれない濃度であり、原液から40 倍までは注意が必要な濃度としていますが、10 倍希釈液や 原液を散布して効果をあげた事例も報告されています。下記のように、作物によって塩に対する耐性が異なるので(参考 文献5)、すべての作物で効果があるわけでなく、希釈倍率や施用法などもそれぞれの作物にふさわしい方法を見出す必 要があります。耐塩性が強い作物:アスパラガス、サトウダイコン、ブロッコリー、ワタ、オオムギ、トマト、キャベツ、ホウレンソウ 耐塩性が弱い作物:トウモロコシ、エンドウ、インゲン、ダイコン、キュウリ、タマネギ、ニンジン
海水が多く含まれる干拓地や台風による高潮の害を受けた田畑で、品質の良い作物が収穫できる例はよく知られていま す(例えば、高知市の徳谷トマト、八代市干拓地の塩トマトなど)。ここでは、野菜の品質向上などのために海水や塩を積 極的に施用している事例をごく一部ですが紹介します(参考文献1,2,3,4)。
野菜の他にも、イネ、柑橘類、リンゴ、ブドウ、キウイ、イチゴ、チャなどで多くの利用例が知られています。
上記の利用例での海水と塩の施用効果は、図2に示すような、(1)ミネラル効果、(2)塩素効果、(3)塩ストレス効果に よってもたらされていると考えられます。
植物の生育にとって多量必須元素(炭素、水素、酸素、窒素、リン、カリウム、カルシウム、マグネシウム、硫黄)および微 量必須元素(鉄、マンガン、亜鉛、銅、ホウ素、モリブデン、塩素、ニッケル)の多くが、海水および海水塩に含まれるミネ ラル類です。したがって、海水や海水塩を植物に施用することは、必須元素であるミネラル類を施肥することになります。 ミネラル効果を考える際には、施肥における大原則である最少養分律と報酬漸減の法則を念頭に置く必要があります (参考文献6)。最少養分律は、「生育に必要な因子の一つでも不足すると、他の因子が十分であっても、植物の生育は その不足している一つの因子に支配される」というもので、図3に示すドベネックの要素樽で説明されます。また、報酬漸 減の法則は、「ある養分の施用効果は、その養分が不足しているときほど大きく、その養分の施用量を増していくと、増 収効果は次第に減少する」というもので、図4で説明されます。海水や海水塩を利用する栽培方法が、どこでも、どのよう な条件下でも通用する「普遍的な農法」として普及していない理由は、この二つの原則にあるように思います。 海水、海水塩およびにがりの主要成分であるマグネシウムは、光合成をおこなう葉緑素の中心的な構成元素であるとと もに、葉緑体における炭酸ガスの固定(光合成)を活性化し、活性酸素の発生を抑える働きもし、海水や海水塩の施用 で最も期待されるミネラル効果をもたらします。 例えば、図3に示すように、マグネシウムが制限要素になっている場合には、海水、海水塩およびにがりの施用で、顕著な マグネシウム効果が期待できますが、マグネシウムが十分に施肥されている植物においては、図4に示すように、大きなマ グネシウムの効果は期待できません。その他に、ミネラル効果としては、品質向上、病害抑制、土壌微生物活性化、有機 肥料発酵促進などが経験的に知られていますが、必ずしも科学的に検証されているわけではないようです。
塩素はアニオンとして最も多量に海水含まれていますが、植物の微量必須元素として最近認知され、植物側からの要求 度は高くありません。光合成の一部のプロセスでの触媒機能、気孔の孔辺細胞でのカリウムイオンの随伴イオンとして の機能および生育促進効果が知られています(参考文献5)。
図2:植物栽培で期待される海水・塩の施用効
図3:最少養分律を説明するドベネックの要素
図4:施肥における報酬漸減の法則
渡辺(参考文献4)は、標準の液体肥料に海水の20 倍希釈液、食塩の600 倍希釈液を加えた場合に、キュウリの生育 が促進されたことから、塩分を低濃度にするとナトリウム過剰の害が緩和され、代わりに塩素による生育促進効果が表 れることを示しています。また、塩素の除菌作用による病害抑制効果や農薬減量効果が知られています。いずれにして も、このような塩素の効果は、ナトリウムの過剰障害を引き起こさないような低濃度での施用(葉面散布)によってもた らされる効果です。
海水や海水塩を高濃度で植物に施用すると、図2に示すように、ナトリウム、塩素、マグネシウムの過剰によるイオンスト レスと、さらに、土壌などの根圏の溶質濃度の上昇による浸透圧の高まりによって、根の水吸収が阻害されて、萎れや枯 死にいたる水ストレスが引き起こされます。これらの環境ストレスはさらに、種々の活性酸素による酸化ストレスを植物 体に引き起こします。これらのストレスに対する生き残り戦略として、植物は抗酸化機能、浸透圧調節機能などの防御機 能を発揮します。図5に植物の主な活性酸素消去系を示します。 SOD などの酵素(活性酸素不活化酵素)やビタミンC(アスコルビン酸)などを介して、ストレスによって生じたスーパー オキシドアニオン、過酸化水素などの活性酸素を不活化するとともに、抗酸化機能を有するアミノ酸(GABAなど)など が産生されます。
図5:植物の主な活性酸素消去系
浸透圧調節機能とは、水ストレスによる根の吸水阻害による萎れを回避するために、植物が細胞内の糖、アミノ酸、カリウムイ オンなどの溶質(浸透圧調節物質)の濃度を高め、細胞内への水の浸透流入によって、細胞の膨圧を維持して萎れを回避す る機能です。 致命的なストレス障害を生じない程度の濃度で海水や海水塩を植物に施用することで、抗酸化機能や浸透圧調節機能を植 物体に発現させ、糖、アミノ酸、抗酸化物質などの有用物質を収穫対象器官に高濃度に集積させることが期待されます。水ス トレスや塩ストレスに対する耐性の強いトマト植物においては、水ストレスや塩ストレスを応用することによって、高糖度のトマ トを生産することが農法として認知されています。
ソルト・サイエンス研究財団のプロジェクト助成研究(平成17〜19 年度)の一環として実施されている「海洋深層水濃 縮廃液を活用した高品質高糖度トマトの多段周年栽培の実用化」の成果の一部を紹介します(参考文献7,8)。 高知県室戸岬で採取されている海洋深層水を、養液栽培のトマト果実がピンポン玉ぐらいの大きさに肥大した頃に2 週 間だけ施用した例です。トマトは受粉後(着果後)8週間程度で収穫されますが、果実の肥大が最も活発で、師管を通っ て糖などの有用物質が果実に盛んに集積する時期に、海洋深層水を3 倍〜4 倍希釈した濃度で施用しました。図6は果 実に集積する師管液中の溶質濃度(スクロース,アミノ酸,ミネラルなど)の経時変化です。海洋深層水の施用によって 浸透圧調節機能が発現した結果、師管内の溶質濃度が高まったと考えられます。
図6:トマト果実に集積する師管液中の溶質濃度の経時変化
海洋深層水施用区で高濃度の師管液が果実に集積した結果、表1に示すように、果実の糖度が9%以上に達し、果実の旨味 に関与すると考えられているカリウムやマグネシウム(深層水由来のミネラル)の濃度も有意に高まり、高品質の高糖度トマト が生産されました。次に、海洋深層水、表層海水、食塩(NaCl)を同じ濃度(海水を3 倍〜4 倍希釈した濃度)で施用した場 合の活性酸素不活化酵素(SOD)活性、機能性を有するアミノ酸(GABA およびプロリン)濃度および旨味の官能試験結果 とグルタミン酸・アスパラギン酸比を、それぞれ図7、8、9、10に示します。
表1:収穫トマトの新鮮重、乾物重、乾物率、糖度、酸度およびカリウムとマグネシウム濃度に対する海洋深層水の短期施用の効果
SOD活性は、海水や食塩の施用による塩ストレスによって高まる傾向がありますが、深層水の施用では、塩ストレスによる酸 化ストレスが緩和される傾向がみられました(図7)。機能性アミノ酸(GABA およびプロリン)の濃度も、海水や食塩の施用 で有意に高まりました(図8、9)。トマトの旨味の評価は、グルタミン酸・アスパラギン酸比と相関があり、海水や食塩の施用 によって有意に高まりました。トマトにおいては、糖度6%以上、酸度0.5%以上で、K とMg の濃度も高いことが「おいしいト マト」の条件とされています。さらに、糖度8%以上の高糖度トマトでは、果実重が100 g 以上のトマトが高い品質評価を受け ています。深層水の短期間施用によって栽培されたトマトは、これらの条件をいずれも満足し、食味においても、「旨みのある おいしいトマト」の評価を得ました。 上記のような海水や塩の施用効果のメカニズムは、十分に解明されているとは言えませんが、今後、多面的かつ科学的に検証 されることによって、海水や塩を利用した栽培方法が、普遍的な農法として定着することが期待されます。
参考文献 1) 現代農業(2002 年8 月号)(農山漁村文化協会) 2) 現代農業(2003 年8 月号)(農山漁村文化協会) 3) 現代農業(2006 年10 月号)(農山漁村文化協会) 4) 現代農業(2007 年8 月号)(農山漁村文化協会) 5) 植物栄養・肥料の事典(朝倉書店) 6) 新農業気象・環境学(朝倉書店) 7) Eco-Engineering Vol.18, 119-124(2006) 8) Eco-Engineering Vol.18, 181-188(2006)
著者略歴 1955 福岡県生まれ 1978 九州大学農学部農業工学科卒業 1979 九州大学大学院修士課程中退 1979 北海道開発局土木試験所 1981 北海道開発局札幌開発建設部 1982 九州大学生物環境調節センター助手 1991 同上 助教授 2001 高知大学農学部 教授 2007 九州大学大学院農学研究院 教授現在に至る
専 門 農業気象学,生物環境調節学
主な著書(共著) 最新バイオセンシングシステム(R&D プランニング) 植物生産システム実用事典(フジテクノシステム) 新版生物環境調節ハンドブック(養賢堂) 中国・四国地域の農業気象(農林統計協会) 新農業環境工学(養賢堂) 新農業気象・環境学(朝倉書店)
■ヒマラヤ岩塩を農業利用にお考えの農家様はぜひご相談下さい。農業に適した粒度、低コストの岩塩をご提供可能です。 (アースコンシャス株式会社)
岩塩と塩の話
農業における塩の利用ー美味しい野菜づくり
■農業における塩の利用ー美味しい野菜づくり
出典:『九州大学大学院農学研究院生産環境科学部門教授 北野雅治著
2007.9.27開催:ソルト・サイエンスシンポジウム2007』より
※公益財団法人ソルト・サイエンス研究財団より許可を得て転載
病気になった作物は農薬で治療するものと思っていたところ、塩で病気を治療したり、予防することもあるらしい。塩の肥料効果と治療効果についてアメリカ塩協会のホームページに掲載されている内容を紹介しよう。
1.植物栽培への海水と塩の利用
(1)農業への利用の歴史
「日本農業全書」によると、海に囲まれた日本では江戸時代から身近にある資源として海水や海藻が農業に使われています。例えば、以下のような事例が記録されています(参考文献1)。
いずれも当時の農民の努力が偲ばれる秘伝の農法です。(1)の「海水に風呂の残り湯を混ぜる」などは絶妙かつ奇抜な方法で あり、何がどういう理屈で効いているのか科学的には説明できませんが、当時の農民は、「海の水に含まれる何かが効いてい る」ことだけは確信していたに違いありません。
(2))海水と塩の種類と利用方法
海水の成分は、水が96.6%で塩分が3.4%です。海水に含まれる塩分の内、77.9%が塩化ナトリウム、9.6%が塩化マグ ネシウム、6.1%が硫酸マグネシウム、4.0%が硫酸カルシウム、2.1%が塩化カリウムで、残りの0.3%が約70 種類とも90 種類とも言われている微量元素です。海水には多くのミネラル類が含まれており、それらのミネラル類の施用効果を「海 のミネラル力」と称して、海水、自然塩、ニガリなどが農業に利用されています(参考文献1,2,3,4)。 海水に最も多量に含まれるミネラルであるナトリウムは、植物の生育にとって必須元素ではありません。しかしながら、同 じ仲間のアルカリ金属であるカリウム(植物にとって多量必須元素)が欠乏しているときには、欠乏障害を軽減したり生 育を促進することも認められていることから、農学的有用元素とされています(参考文献6)。また、アニオンとして最も 多量に含まれる塩素は、植物にとっては必須元素ですが、ごく微量しか要求されません(微量必須元素)。したがって、 海水に大量に含まれるナトリウムと塩素に対する植物側の要求性は低く、海水や塩を植物栽培に利用する場合には、ナ トリウムや塩素の致命的な過剰障害を回避した利用法が求められます。 図1に植物栽培に利用可能な海水と塩の種類を示します。表層海水は身近にある「ただ」のミネラル資源として植物栽培 に利用されています。海洋深層水は、極地で冷やされた海水が深海底を長い年月をかけて循環する過程で、海底の地形 などによって湧昇流が発生する場所で、水深200m 以深から取水される海水です。深層水の特徴である低温性、富栄養 性、清浄性は、表層海水よりも優れた資源性として知られ、高知県室戸岬をはじめ日本各地で採取され、多方面での利 用が展開されており、農業への利用も種々取り組まれています。にがりは、海水を濃縮し、食塩を析出させた後の残液 で、塩化マグネシウムを主成分とするものです。
図1:植物栽培に利用可能な海水と塩の種類
塩としては、ナトリウム以外のミネラル成分(マグネシウム、カルシウム、カリウムなど)を多く含み、安価(25kgで1,500 円程度)で入手しやすい並塩、原塩、粉砕塩が植物栽培に多く利用されています(参考文献1)。 いずれも、生育促進、食味向上、病害抑制などの効果を狙って、植物体への散布(適当な濃度の希釈液)、土壌や有機肥 料への施用(希釈液または原液または塩)などの方法で利用されています。しかしながら、希釈倍率や塩の撒き方によっ てはマイナスの影響が出ることもあります。渡辺(参考文献4)は経験的に、海水の希釈倍率が100 倍以上は安全ではあ るが何の効果もないかもしれない濃度であり、原液から40 倍までは注意が必要な濃度としていますが、10 倍希釈液や 原液を散布して効果をあげた事例も報告されています。下記のように、作物によって塩に対する耐性が異なるので(参考 文献5)、すべての作物で効果があるわけでなく、希釈倍率や施用法などもそれぞれの作物にふさわしい方法を見出す必 要があります。
耐塩性が強い作物:アスパラガス、サトウダイコン、ブロッコリー、ワタ、オオムギ、トマト、キャベツ、ホウレンソウ
耐塩性が弱い作物:トウモロコシ、エンドウ、インゲン、ダイコン、キュウリ、タマネギ、ニンジン
(3)現在の利用例
海水が多く含まれる干拓地や台風による高潮の害を受けた田畑で、品質の良い作物が収穫できる例はよく知られていま す(例えば、高知市の徳谷トマト、八代市干拓地の塩トマトなど)。ここでは、野菜の品質向上などのために海水や塩を積 極的に施用している事例をごく一部ですが紹介します(参考文献1,2,3,4)。
野菜の他にも、イネ、柑橘類、リンゴ、ブドウ、キウイ、イチゴ、チャなどで多くの利用例が知られています。
2.海水と塩の施用効果
上記の利用例での海水と塩の施用効果は、図2に示すような、(1)ミネラル効果、(2)塩素効果、(3)塩ストレス効果に よってもたらされていると考えられます。
(1)ミネラル効果
植物の生育にとって多量必須元素(炭素、水素、酸素、窒素、リン、カリウム、カルシウム、マグネシウム、硫黄)および微 量必須元素(鉄、マンガン、亜鉛、銅、ホウ素、モリブデン、塩素、ニッケル)の多くが、海水および海水塩に含まれるミネ ラル類です。したがって、海水や海水塩を植物に施用することは、必須元素であるミネラル類を施肥することになります。 ミネラル効果を考える際には、施肥における大原則である最少養分律と報酬漸減の法則を念頭に置く必要があります (参考文献6)。最少養分律は、「生育に必要な因子の一つでも不足すると、他の因子が十分であっても、植物の生育は その不足している一つの因子に支配される」というもので、図3に示すドベネックの要素樽で説明されます。また、報酬漸 減の法則は、「ある養分の施用効果は、その養分が不足しているときほど大きく、その養分の施用量を増していくと、増 収効果は次第に減少する」というもので、図4で説明されます。海水や海水塩を利用する栽培方法が、どこでも、どのよう な条件下でも通用する「普遍的な農法」として普及していない理由は、この二つの原則にあるように思います。 海水、海水塩およびにがりの主要成分であるマグネシウムは、光合成をおこなう葉緑素の中心的な構成元素であるとと もに、葉緑体における炭酸ガスの固定(光合成)を活性化し、活性酸素の発生を抑える働きもし、海水や海水塩の施用 で最も期待されるミネラル効果をもたらします。 例えば、図3に示すように、マグネシウムが制限要素になっている場合には、海水、海水塩およびにがりの施用で、顕著な マグネシウム効果が期待できますが、マグネシウムが十分に施肥されている植物においては、図4に示すように、大きなマ グネシウムの効果は期待できません。その他に、ミネラル効果としては、品質向上、病害抑制、土壌微生物活性化、有機 肥料発酵促進などが経験的に知られていますが、必ずしも科学的に検証されているわけではないようです。
(2)塩素効果
塩素はアニオンとして最も多量に海水含まれていますが、植物の微量必須元素として最近認知され、植物側からの要求 度は高くありません。光合成の一部のプロセスでの触媒機能、気孔の孔辺細胞でのカリウムイオンの随伴イオンとして の機能および生育促進効果が知られています(参考文献5)。
図2:植物栽培で期待される海水・塩の施用効
図3:最少養分律を説明するドベネックの要素
図4:施肥における報酬漸減の法則
渡辺(参考文献4)は、標準の液体肥料に海水の20 倍希釈液、食塩の600 倍希釈液を加えた場合に、キュウリの生育 が促進されたことから、塩分を低濃度にするとナトリウム過剰の害が緩和され、代わりに塩素による生育促進効果が表 れることを示しています。また、塩素の除菌作用による病害抑制効果や農薬減量効果が知られています。いずれにして も、このような塩素の効果は、ナトリウムの過剰障害を引き起こさないような低濃度での施用(葉面散布)によってもた らされる効果です。
(3)塩ストレス効果
海水や海水塩を高濃度で植物に施用すると、図2に示すように、ナトリウム、塩素、マグネシウムの過剰によるイオンスト レスと、さらに、土壌などの根圏の溶質濃度の上昇による浸透圧の高まりによって、根の水吸収が阻害されて、萎れや枯 死にいたる水ストレスが引き起こされます。これらの環境ストレスはさらに、種々の活性酸素による酸化ストレスを植物 体に引き起こします。これらのストレスに対する生き残り戦略として、植物は抗酸化機能、浸透圧調節機能などの防御機 能を発揮します。図5に植物の主な活性酸素消去系を示します。 SOD などの酵素(活性酸素不活化酵素)やビタミンC(アスコルビン酸)などを介して、ストレスによって生じたスーパー オキシドアニオン、過酸化水素などの活性酸素を不活化するとともに、抗酸化機能を有するアミノ酸(GABAなど)など が産生されます。
図5:植物の主な活性酸素消去系
浸透圧調節機能とは、水ストレスによる根の吸水阻害による萎れを回避するために、植物が細胞内の糖、アミノ酸、カリウムイ オンなどの溶質(浸透圧調節物質)の濃度を高め、細胞内への水の浸透流入によって、細胞の膨圧を維持して萎れを回避す る機能です。 致命的なストレス障害を生じない程度の濃度で海水や海水塩を植物に施用することで、抗酸化機能や浸透圧調節機能を植 物体に発現させ、糖、アミノ酸、抗酸化物質などの有用物質を収穫対象器官に高濃度に集積させることが期待されます。水ス トレスや塩ストレスに対する耐性の強いトマト植物においては、水ストレスや塩ストレスを応用することによって、高糖度のトマ トを生産することが農法として認知されています。
3.海洋深層水を利用した高糖度トマト栽培の研究例
ソルト・サイエンス研究財団のプロジェクト助成研究(平成17〜19 年度)の一環として実施されている「海洋深層水濃 縮廃液を活用した高品質高糖度トマトの多段周年栽培の実用化」の成果の一部を紹介します(参考文献7,8)。 高知県室戸岬で採取されている海洋深層水を、養液栽培のトマト果実がピンポン玉ぐらいの大きさに肥大した頃に2 週 間だけ施用した例です。トマトは受粉後(着果後)8週間程度で収穫されますが、果実の肥大が最も活発で、師管を通っ て糖などの有用物質が果実に盛んに集積する時期に、海洋深層水を3 倍〜4 倍希釈した濃度で施用しました。図6は果 実に集積する師管液中の溶質濃度(スクロース,アミノ酸,ミネラルなど)の経時変化です。海洋深層水の施用によって 浸透圧調節機能が発現した結果、師管内の溶質濃度が高まったと考えられます。
図6:トマト果実に集積する師管液中の溶質濃度の経時変化
海洋深層水施用区で高濃度の師管液が果実に集積した結果、表1に示すように、果実の糖度が9%以上に達し、果実の旨味 に関与すると考えられているカリウムやマグネシウム(深層水由来のミネラル)の濃度も有意に高まり、高品質の高糖度トマト が生産されました。次に、海洋深層水、表層海水、食塩(NaCl)を同じ濃度(海水を3 倍〜4 倍希釈した濃度)で施用した場 合の活性酸素不活化酵素(SOD)活性、機能性を有するアミノ酸(GABA およびプロリン)濃度および旨味の官能試験結果 とグルタミン酸・アスパラギン酸比を、それぞれ図7、8、9、10に示します。
表1:収穫トマトの新鮮重、乾物重、乾物率、糖度、酸度およびカリウムと
マグネシウム濃度に対する海洋深層水の短期施用の効果
SOD活性は、海水や食塩の施用による塩ストレスによって高まる傾向がありますが、深層水の施用では、塩ストレスによる酸 化ストレスが緩和される傾向がみられました(図7)。機能性アミノ酸(GABA およびプロリン)の濃度も、海水や食塩の施用 で有意に高まりました(図8、9)。トマトの旨味の評価は、グルタミン酸・アスパラギン酸比と相関があり、海水や食塩の施用 によって有意に高まりました。トマトにおいては、糖度6%以上、酸度0.5%以上で、K とMg の濃度も高いことが「おいしいト マト」の条件とされています。さらに、糖度8%以上の高糖度トマトでは、果実重が100 g 以上のトマトが高い品質評価を受け ています。深層水の短期間施用によって栽培されたトマトは、これらの条件をいずれも満足し、食味においても、「旨みのある おいしいトマト」の評価を得ました。 上記のような海水や塩の施用効果のメカニズムは、十分に解明されているとは言えませんが、今後、多面的かつ科学的に検証 されることによって、海水や塩を利用した栽培方法が、普遍的な農法として定着することが期待されます。
参考文献
1) 現代農業(2002 年8 月号)(農山漁村文化協会)
2) 現代農業(2003 年8 月号)(農山漁村文化協会)
3) 現代農業(2006 年10 月号)(農山漁村文化協会)
4) 現代農業(2007 年8 月号)(農山漁村文化協会)
5) 植物栄養・肥料の事典(朝倉書店)
6) 新農業気象・環境学(朝倉書店)
7) Eco-Engineering Vol.18, 119-124(2006)
8) Eco-Engineering Vol.18, 181-188(2006)
著者略歴
1955 福岡県生まれ
1978 九州大学農学部農業工学科卒業
1979 九州大学大学院修士課程中退
1979 北海道開発局土木試験所
1981 北海道開発局札幌開発建設部
1982 九州大学生物環境調節センター助手
1991 同上 助教授
2001 高知大学農学部 教授
2007 九州大学大学院農学研究院 教授現在に至る
専 門
農業気象学,生物環境調節学
主な著書(共著)
最新バイオセンシングシステム(R&D プランニング)
植物生産システム実用事典(フジテクノシステム)
新版生物環境調節ハンドブック(養賢堂)
中国・四国地域の農業気象(農林統計協会)
新農業環境工学(養賢堂)
新農業気象・環境学(朝倉書店)
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